遅くなりましたが“筑豊の炭鉱王”と呼ばれた
伊藤伝右衛門邸からです

伊藤伝右衛門は 若いころは丁稚、魚の行商、船頭など転々とした貧しい暮らしでした
やがて父と手掛けた炭鉱事業が時流に乗って明治36年には衆議院議員にも当選しました
.jpg)
麻生太吉や貝島太助、安川敬一郎など、地場資産家が北九州遠賀に
次々炭坑を開抗した時代です
伝右衛門と長年苦楽を共にした妻が45歳で病死しました
その後 運命の女性 歌人・柳原白蓮と再婚します 歳の差27歳と・・・
柳原白蓮の本名はY子(あきこ)といい、Y子は大正天皇の従妹にあたるそうです
.jpg)
処が白蓮
筑紫の女王と呼ばれた白蓮ですが
炭鉱王を捨て7歳年下の愛人との駆け落ちをします
無学の伝右衛門ですが 白蓮のために立て直しをしたと云う
見事な 庭園 豪華な屋敷内です
.jpg)
何やら門の筆文字の下には・・・
こんな方が・・・石炭王 地場資産家の関連ですよね

その後 伊藤伝右衛門と歳の差27歳以上の白蓮は
新聞紙上で 伝右衛門あてに「公開絶縁状」を叩きつけました
炭鉱王を捨て、7歳年下の愛人との駆け落ちしました
今は飯塚市が買い上げ 観光スポットになっています
毎年女性の観光客で いっぱいだそうです
何だか 判ります・・・・
室内は撮影禁止でした












.jpg)
.jpg)

.jpg)